さて、これは誰でしょう。



ネタが古くなりましたが、30歳年下の方とご結婚された元TBSアナウンサー山本文郎さん御歳73歳です。みのもんたさんとの対談の際、過去の言動を噴出しにして紹介するフリップに使用する目的で描きましたが、オンエアでは方針転換されたのか写真を使用されてました。似てないから没になったとは考えずに、先方の方針転換と考えるあたり、世知辛い世を渡るに必要なポジティブシンキングです。

こういう似顔絵の制作を最近よく受注するようになりました。自営業者さんのパンフレットや名刺のワンポイント、webサイト用画像や結婚式のウェルカムボードなど等、用途はいろいろあるようです。

有名人に限らずもちろん一般の方からも受注しておりますので、ご用命の際は僕宛にメールをください。用途、サイズ、期日、ご希望のタッチをお伝えいただければ制作いたします。

って日記のハズが単なる営業活動に!



これだけじゃなんなので、近況を少しお話したいと思います。(追加)

■先週末のお話
仕事で上京してきている小学校時代からの友人O君と赤羽まで飲みに行ってきました。2年ぶりに会う彼はずいぶん大人びて見えましたが、話し込んでいくと「ああ、変わってないなぁ」と安心。懐かしいテンポで楽しい一時をすごしたのでした。旧友というのはいいですね。赤羽で行き当たりばったりに入った焼き鳥屋さんがかなりイマイチだった点を除けば最高の夜でした。二年はこちらにいるそうなので、また集まろうねと約束して別れたのでした。

■昨日のお話
ここ数日、腰痛が慢性的になってきたので、初めてリラクゼーションと名のつくマッサージ屋さん(整体屋さん?)に足を運びました。ぱどの情報を元に予約して到着すると、こじんまりとしたお店に簡易ベッドが二つ。店員さんは電話で話した40代前半とおぼしき女性の方だけでした。マッサージ自体は気持ちよかったのですが、なんだか個室で女性にマッサージしてもらうのが恥ずかしい・・・。ツボを強く押されるたびに「ぎゃあ」と悲鳴をあげる痛がりな僕には閉口されたことと思いつつ、「なんか、全身凝ってますね・・・もうちょっと早く来てくれたら・・・」というお言葉に日ごろの運動不足への懸念を高めたのでした。

■今日のお話
今日は、仕事が一段落してきたので高円寺から吉祥寺をあたりをぶらぶらしてきました。高円寺は初めてだったのですが、細い道が入り組んでおり、小さい様々な店が軒を連ねていて楽しそうな街でした。同じ中央線でも知らない街がまだまだ多いので、少しずつ散策していきたいと思います。次は阿佐ヶ谷あたりをぶらつく予定です。
しかし今日はよく歩きました。万歩計を見ると1万5000歩という数字。そういえば歩いているときは腰痛を忘れていました。スポーツが絶望的に嫌い(見るのもするのも)な僕なので、せめて歩くことをもっと意識していこうと思います。

最近気づいたちょっと良いこと。


上京して10ヶ月間も気づかなかったことがありました。

先日、引きこもってばかりいると精神衛生上よろしくないのでたまには外出せねば、と吉祥寺に足を運びました。いつも通り中央口を出て北のサンロードというアーケード街へくりだし、ぶらぶらと特に目的なく、本屋さんに寄ったり306やTAKA-Qなどでショッピングをしていました。全然関係ないのですが、以前日本語の達者なカナダ人の友人R君とお茶をしていた際、「和製英語にはずいぶん慣れたけど、ショッピングだけは馴染めない。ingは動詞につけるモノなのに、ショップにingって!聞くたびに違和感があります」と聞いて、なるほどそうだなぁと深く首肯してから「ショッピング」という言葉を使うたびにそのことを思い出すのでした。

二、三着衝動買いしたあたりで、携帯が振動。テレビ局から「すぐ描いて欲しいのがあるんだけど」とのこと。いつものように快諾し、今来た道をまた駅まで逆戻りです。吉祥寺はいつも人が多いけど、不思議と新宿のように不快な思いがしません。全体的にはこじんまりとした街だからでしょうか。まもなく夕焼けが街を染める時間、僕は中央線快速立川行きに乗りました。電車はそこそこ混んでいて、僕は奥のドアの前に陣取り、持ってきた文庫本には手をつけず、ただボーっと流れる景色を窓越しに見ていたら、不意に気づきました。

「あ!あれは!」

夕日がオレンジに染める西の空、はっきりとした稜線を描いて富士山が大きく見えていました。夕日の影になっていたからあそこまではっきりと見えたのかもしれません。そして異様に大きく近く感じました。他の山々の上に頂上が見える程度でしたが、あんな美しい稜線の山は富士山以外考えられません。僕はやがて分譲地の高層マンションがそれを隠すまでじっと眺めていました。

部屋に戻るとFAXが届いていました。仕事の指示でしょう。けれど僕はまずPCを立ち上げ、ネットで地図を確認しました。中央線立川行き、進行方向の左手、つまり西南方向を見ると、丹沢山、大室山があり、その向こうにどおんと大きく富士山が描かれていました。やっぱり!間違いなかった。10ヶ月間も気づかなかったけど、僕は富士山の見える街に暮らしているんだなぁ。そう思うとなんだか嬉しく、妙にわくわくしたものを感じました。なにが変わるわけでもないのですが。

いや、ひとつ変わったことがあります。武蔵小金井の西友のビルの6、7階に上ったとき、南向きの壁に非常口の小さい窓がありまして、そこから覗くと晴れた日には綺麗に雪化粧された富士山がみられることを発見し、西友7階のダイソーにお買い物にいくときのささやかな楽しみになっているのでした。

「ノルウェイの森」と雪化粧。


村上春樹という作家の作品を、僕は一度も読んだことがなかったのだけれど、何度か人に薦められて書店で手にしたことはあった。「海辺のカフカ」は冒頭だけ読んで、「少年文学かな?」と思って元の場所に戻した。何冊か手にとったのだけれど、購入するに至らなかった。
少し前に別の人に「ノルウェイの森が面白いよ」と聞かされたので、同じく書店で手にとり、最初のほうを読んでみた。少し興味が沸いたので購入した。同時に買った「ミッドナイトイーグル」を先に読んだので(これは映画同様傑作だった)、購入してからずいぶん経ってから読み始めた。

現在、僕は96ページしか読んでない。上巻の三分の一といったところか。ここで読むのを辞めてしまった。もう、たぶんこの先は読まない。

主人公は37歳の男で、ふとしたキッカケから18年前の出来事を思い出す。大学生の寮生活や、自殺した親友の彼女だった直子との会話などを読んでいると、「ああ・・・所謂恋愛小説だったのか」と気づく。僕の最も苦手とするタイプの小説だ。何故苦手なのかは自分でも説明がつかない。若者の恋愛話を糞真面目に語られると、どうもイライラしてしまう。この物語の主人公もえらく真面目に自身の心理描写を克明に描く。青臭く、未熟な、少し思い上がりのある、若者特有のモノの見方をしている。それでも親友キズキの自殺以来、一年ぶりに再会する直子とのピュアな付き合いには好感を持って読んでいられたのだが、永沢という東大在籍の先輩と会うあたりから、主人公は女遊びを覚えるようになる。永沢にナンパなんて簡単だよ今度一緒にしにいこうよ、と誘われた主人公曰く、「僕はそのときの彼の言葉をまったく信じなかったけれど、実際にやってみると本当に簡単だった。(中略)適当な女の子の二人連れをみつけて話をし、酒を飲み、それからホテルにはいって(後略)。」そんなことを数回続けたあと、「空しい」と呟き、「僕にも彼女がいれば他のつまらない女となんか寝たりしないだろうと思った。」と言う。

僕は文庫を放り投げた。不愉快だったからだ。やっぱり駄目だ。僕は青春文学など嫌いだ。恋愛小説など読めない。僕は不純異性交遊を死ぬほど憎悪しているのだ。汚らわしい。見苦しい。

何故僕がこれほど憎悪を覚えるのか、その理由は僕にも分からない。愛しても居ない人と肉体関係を持つ、ということが強盗殺人に匹敵するほどの罪悪に思える。「まあまあ、若いんだからそういうこともあるさ」と思いながら他の読者はこの部分を読み進めるのだろうか。僕にはできない。不潔すぎる。小説で強盗殺人のシーンがあってもこれほど不快にならないのに、こと不純異性交遊となるとこれほどの嫌悪感が生まれる理由はなにか?単に僕がそういう経験をしてこなかったからか?原始的な嫉妬か?「青春」を一瞬でも意識せずに生きてきたからか?「思春期」すら微塵も無かったからだろうか?

主人公は、ナンパして一夜を過ごした相手を「つまらない女なんか」と言い捨てる。これは酷い。たしかに会った日に一夜を過ごす女性も女性だが、男の心のありようとして、それは畜生にも匹敵する下劣さだと思う。主人公は一夜を過ごした相手を愛していなければ恋さえしていない。行動原理は肉欲だけのようだ。

そこで僕は恋愛とは何か、と考える。「恋愛」という言葉はそもそも造語で、日本には「恋」と「愛」という別々の言葉しか存在していなかった言われている。「恋」は性的衝動に基づくものであるに対し、「愛」は全く打算なく損得勘定なく、与え、受け入れることであろう。「恋愛」は明治中期に輸入された概念であるそうだ。「友情」なんて言葉もそもそも日本にはなかったらしい。
「恋愛」の愛の一字は、その美名に依って「恋」の卑猥感を隠蔽せんとするたくらみがある、という見方もあり、首肯できる意見だ。

つまり、「愛」と「恋愛」はその性格が根本において違っていると考える。キリストの教えに「汝を愛するが如く汝の隣人を愛せよ」という有名な句があるが、この場合の隣人は「敵」を意味してるのだという。「敵」の意見を受け入れ、与えることが出来れば争いもなくなる、という教えだというのだ。これを「愛=恋愛」という次元で語ったとき、「敵に恋せよ」ということになってしまい、意味不明になる。

また、男女の契りとは、結婚初夜に初めて行われるものだと僕は28歳くらいまで固く信じていたのだが、紆余曲折を経て、ようやく「愛し合う男女が行う行為」という理解に落ち着いた。ここに至るまで本当に様々な壁があった。最初のこの考え、(倫理観といっていいだろうか)を貫くにはあまりにも苦しかった。世の中の流れと完全に逆流し、周囲を軽蔑の眼差しで見なければならなかった。「恋愛」というものが正体不明の不気味な感情のように思え、震えていた時期が僕にはあった。笑わば笑え。僕は大真面目だったのだ。

「愛小説」、と言うジャンルがあるなら、それは僕好みの美しい話のように思えるが、「恋愛小説」は駄目だ。放り投げた文庫を再度手にとってしばらく読み進める。この後、主人公はピュアな関係で居た親友の恋人とふとしたことから一夜を過ごす。その理由を「そうするしかしかたなかった」と話す。そして「彼女は僕のことを愛してすらいなかった」と後に哀しむ。全く持って理解不能。

この物語はこの先もどんどん進んで主人公はさまざまな経験を積んでいくのだろう。ウィキペディアによるとその後同じ講義を受ける女性と付き合い、「なんとなくキス」をする、などと書かれているが、その先はもはや僕は何の興味も持てない。だから96ページから先を読むことは無いと思う。こういう作品が恋愛小説の金字塔などと呼ばれている以上、この先もやっぱり恋愛小説を読むことは無いだろうし、恋愛映画も見ないだろう。

今日の東京は珍しく雪化粧。今朝からしんしんと降り注いだ雪は車や屋根を白色に染めている。ついさきほど雨に変わったようだ。思った以上に雪が長く降ったと予報士がニュースで告げる。この雨は次第に雪を解かしていくだろう。
それと同じように、この恋愛描写に対する嫌悪感や、偏狭すぎる性への僻見も、いつか雨に打たれて解けて無くなるのだろうか。そうなったとき、僕は今の自分をどう思うのだろうか。

どんよりと暗くなんの芸もない雨雲を眺めながら、とりとめもなくそんな事を考えるアンニュイな昼下がり。いつにも増して強い孤独感が支配する中、口にするのは現実的なこの言葉、

「さて、休憩おわり。仕事しようっと。」

眠れぬ夜に思うこと。


仕事が早めに一段落した日は、今日こそ早く寝ようと思ってベッドにもぐりこみ電気を消す。突如眼前に広がる漆黒の闇。疲れ目のせいかその闇が深く感じる。

目を閉じて、出来るだけ無心になり眠ることに神経を集中させる。
だがそれは多くの場合うまくいかない。
しばらくしてもΘ派が低いままの状態が続いているのに気づき、覚醒しきった脳は知らず知らずの内にさまざまな思考をめぐらせる。

その日、人に会っていれば、「ああ、あんなこと言わなければよかった」とか、「あの時の言葉はこういう意味だったのに、僕は誤解しておかしな返事をしてしまった・・・きっと冷笑されたのだろうな・・・」とか、まあネガティブなことばかり考える。結論など出ない。いつだって堂々巡りだ。

目の前に広がる闇の深さに比例するように、思考は心の深い部分を遠慮なく掘り巡らせる。

僕には人間がわからない・・・。皆なにを考えて生きているのだろう?何を目標にして生きているのだろう?例えば同年代。仕事をして、プライベートには恋人と一日を過ごすことで疲れを癒すのかもしれない。やがて誰かこの人という人を見つけて結婚、ささやかながらも披露宴。久しぶりに会う旧友の声援。今が人生至福の時、これからの長い道のりを考えて質素倹約。派手さは無いが美しく愛する妻とともに日々を送り、時を待たずして妊娠出産、俺にも家族ができたと赤ん坊の息子を抱き、希望と狼狽の中、必死に仕事をして家族を養い、やがて子供達は大きくなって自主独立、そのころになると財も蓄えるれて家をあたらしくし、孫の誕生に喜び、好々爺は目じりを下げて幼子を猫かわいがり。息子も真面目で長ずるに及んで立身出世。将来へ不安は微塵も無く、みんなうまくまとまる。多少のトラブルも家族の力で乗り越えてきた。それに愛する妻と連れ添ってきた長い年月が自信につながり、一族安泰、無病息災、輸入雑貨屋で見つけた洒落たロッキングチェアに腰掛けながら庭ではしりまわる孫達をながめる日々。不意に見つかる不治の病。しかしそのころになると最新鋭の医療器具によってさしたる苦痛を味わうこともなく、一家全員、一族全員に見守られながら、最愛の妻の歳を取った手をさすり、「いい人生だったよ」と一言。すすり泣きが響く病室。老人には薄れ行く意識の中で様々な人生の軌跡が脳裏をめぐり、平均寿命を超えて立派で幸せな大往生。これが一般的な人の持つ「生きてゆく目標」ならば、僕はそんな生き方が僕自身を幸せにするとは全く思っていない。

僕は所謂「家庭の幸福」というようなもののために有限の人生を消費したくないと考えている。もっと別な、もっと有意義と僕が感じるものに対して命を懸けて生きたい。「家庭の幸福」を守ろうとするその姿は立派だけれど、残念ながら、それは身内に対してのみだけだ。また、社会が不安定になっている要素は以外にも「嫁さんにもっといい暮らしをさせてやりたかったから」とか「子供をよりよい学校にいれたかったから」なんて理由もきかされており、大物政治家に至っては自分可愛い嫁さんつれてゴルフ三昧にするために国民の血税を使いたい放題。彼の脳裏にはこのような思惑が巡らされていたのではなかろうか。「わが家庭が安泰ならばそれでよし。世はなべてこともなし」なんというエゴイズム。
が、そういったエゴが社会を渦巻いている世の中においては、汚職政治家への個人攻撃もなんだか虚しく思える。「なんだ、みんな一緒じゃねぇか」という部分に落ち着く。

例えば僕は「親バカ」という状態の両親の姿は、人間の最も醜い姿のひとつだと思っている。「我が子が可愛い」結構だ。しかし「我が子だけが可愛い」となるとちょっと待て。電車の中で奇声を上げて席の上で飛び跳ねる子供の姿、なるほど子供らしくて元気良ろしくて愛らしい、と貴方の目には映るかもしれないが、貴方以外の人からみたその子は悪鬼の如く不愉快で有害な存在だ。その社会秩序を大きく乱す愚行を親の権限でもって直ちに正したまえ!と思っても当の親は馬耳東風。ファッション雑誌をペラペラ捲っている。

こんなステレオタイプな例を出しても言いたいことは伝わらない気がする。
僕は成人になっている子供の面倒を親身になって見ている親もそれと変わらぬほどの醜悪さを感じている。親は子供に金を使うな。子供は親の金を当てにするな。若い頃は金が無い。それが当たり前なのだ。子供は苦労しろ。親はそれを木の上にでも立って眺めていろ。
以前、もうずっと前だが、会社員時代。大卒の新入社員が入ってきて、僕の後輩となった。恐ろしく物覚えの悪い男で僕は何度も怒髪天を衝いた。仕事のできない男が嫌いなのである。その男が「俺、最近車買ったんスよ」という。そりゃよかったね。と話を聞いていると、「僕、自分の金で買ったんスよ!」となんだか誇らしげに言う。はて?自分の車を自分で買う。それはあたりまえのことのように僕には思えるが、なにか特別なのか?と思いさらに話を聞くと、どうやら友達はみんな親に買ってもらっているらしく、そんな中、子供のころからの貯金(落とし玉らしい)で買った俺は偉い、というような論調であることが分かった。
僕は唖然とした。そうしてその男をますます嫌いになった。

多くの親は子供かわいさに子供の「車にのりたい」という欲求を叶えてやろうと思うのだろう。買ってやると子供は喜び、親に感謝。感謝された親もまんざらではない。「イサムちゃん、よかったわね。事故には気をつけるのよ」ととっくに成人すぎた息子に笑顔でささやき、美しい親子の交流、仲良し家族。我が家の家庭の円満っぷりに双方満足といったところか。

そういうところが醜悪だと僕は思うのだ。

人間は一人で生きていかなければならない。生まれた時も一人だし、死ぬときも一人だ。自主自立のための訓練をするために生まれ出でてから20歳までの月日があるのだ。自主自立の精神は20歳になったと同時に心に自動的に芽生えるものではない。自立しなければならない状況に追い込まれて初めて鍛えられる精神なのだ。その成長の機会を、親が奪ってどうする。人間を猫かわいがりして得られるものなど何一つ無い。可愛いのなら、突き放せ。支援をするな。自分で歩かせろ。それが出来ない所謂「駄目な大人」を量産している自覚とその罪の重さを感じろ。今、社会が不安定で、妙な子供が増え、妙な事件が多発している世の中に、少しでも「健全さ」を取り戻したいと思えるのなら、まずは「親バカ」精神を完全に封印するところから始めなければならない。

さりとて、こうすれば家庭は幸福というような定理があるでもない。そのことで親と子が対立してより不幸な結果を招くやもしれぬ。それを予感しているから「親バカ」にならねばならぬという人たちもいるかもしれない。

なんともはや、昔「家庭の幸福は諸悪の本」と断言する作家もいたが、単に虚無的思想、冷笑的思想によって得られた結論ではないのかもしれない。首肯せざるを得ない現実が眼前に広まっているではないか。

僕はそんなところに人生の目標を置きたくない。
もっと別な、もっと有意義と僕が感じるものに対して命を懸けて生きたい。
それは何か。
・・・


それはやはり絵だ。
僕にはそれしか無いし、それさえあれば僕は有意義な人生が送れると予感している。
僕には妻は居ないが、描いた絵たちは僕の子供だ。
それらを創出しつづけることで、誰かが幸せを感じたり、誰かを慰めたり、誰かが一時でも、世の喧騒を忘れて心を癒してくれさえすれば僕はそれが幸せだ。

経済的に裕福にならなくてもいい。大御所と呼ばれる業界の著名な人たちに認められなくてもいい。権威ある賞を頂かなくてもいい。そんなことに僕はほとんど何の価値を感じない。僕は僕ができることをただ、できるまでして、そうして、生き飽きたらそこで終わりにするつもりだ。認知症の祖母たちの現状を見ていると、天寿をまっとうすることがかならずしも善ではないと思える。だから僕の死は、おそらく僕が決定づけたものになるだろう。批判する者もいるだろうが、生きてくる時代や環境を人は選択できないのだから、死ぬその瞬間くらいは選択できてもいいではないか、と僕は考える。諦めや絶望ではない。これが僕にとって自然な死だ。その前の日まで、人を喜ばせることを考えながら絵を描いていると思う。きっと、それが今の僕が考えうる最高の人生の送り方なのだろう。

と、極めて稚拙な結論ともいえないなげやりな結論を導き出したところで脳は疲れ、Θ派は高く安定し、いざ睡眠に入ろうとするとき、枕元でささやきかける男の声がする。


「本当に、そうか?」


僕は、はっ!として振り向く、男の顔は見えないが口元がいやらしく笑っている。これは夢だろうか。しかしそんなビジョンよりも驚くのは男の声が僕の声そのものだったことだ。

この短い言葉には折角今行き着いた結論の根幹を揺るがす力がある。お前は本当にそんなに人の幸せを望んで生きているのか?金は欲しくないのか?女は欲しくないのか?デカい家を見て「いいなぁ」と思ったことはないのか?自分の中にある欲望を隠すなよ。奇麗事だけじゃ、うそ臭くなるばかりだぜ。お前はうそつきで、自分自身をも騙そうとしているだけなのさ。認めちまえよ、その欲望の、限りない、ほとばしりを!

肯定したものが不安になる。否定したものも不安になる。家庭の幸福をエゴだと断定し、批判したが、なら僕の偏狭な人生観にエゴはないのか?自殺を肯定するような発言をしておきながら「人のため」なんていうのも立派なエゴだ。結局、どう生きるべきか、なんてのは分かりはしない。分かっているのは、あと3時間後に太陽が上って、次の日が始まる。そうして僕は仕事にとりかかる。それだけだ。肯定も否定も、思想も思惑も、結果的には不安だけが残るのだ。ああ・・・・僕はやっぱり人間がわからない。僕は、僕自身さえ分かっていない。

こんな風に、ベッドシーツをくしゃくしゃにして身悶えしているうちに、眠りにつく。
なんてことはない。いつも通りの「眠れぬ夜に思うこと」。

こういう仕事もやってます。(テレビ編)


昨日の「みのもんたの朝ズバッ!」という番組で、ガソリンの暫定税率の説明をするためのガソリンスタンドのジオラマ(?)の背景に僕の描いたイラストが使われました。270x180cmの巨大パネルへの印刷用イラスト作成は初めての作業です。原寸で描いたのではないのですが、かなり大きめに描いたので結構時間が掛かりました。といっても一晩ですが。毎度毎度タイトスケジュールです。
もうひとつは道路特定財源の説明用フリップイラストです。最初簡単なラフをFAX等で頂いて描くのですが、途中で何度も変更が入ります。「もっと踏み切りを大きく」「この家とこの家が邪魔なので無くして」等など。こういう場合、「え・・?それはさっき言ってたことと違うんじゃ・・・」なんてことも無くもありませんが、可能な限り「わっかりました~」と変更依頼を快諾することにしています。不満を言ったところでどの道しなければならない。ならニコニコ笑ってご機嫌で仕事を完遂するほうが互いに取ってメリットがあると思うからです。「この人に依頼したら気持ちよく仕事ができるな」と思ってもらえると次に繋がることもあるでしょうし、逆もあることを忘れないようにしています。とはいえ人間は感情の生き物であり、僕は精神的にまだまだ未熟なのでうまくいかないこともありますが。
これはすこし前に放送された朝青龍の取り組みの様子を描いたイラストです。1日目の快勝と2日目の惨敗の様子を両方描きました。相撲は普段みないのでこの依頼はいろいろ勉強になりました。録画した映像を元に描くのですが、力士の動きってものすごく早いのです。キャプチャー画像を録っても全体的にブレており、力士のポージングになかなか時間が掛かりました。
しかしよくあんな巨体であんなすばやく動けるものだと感心します。相撲にはあまり慣れ親しんでなかったのですが、この仕事以来たまにテレビで見るようになりました。土俵でジャンプする力士とかもいるんですよ。思わず「エドモンド本田かよッ!」ってひとりツッコミです。

最近あまりこうした仕事の報告ってしてなかったので、ほのぼのイラスト以外にもこういうのもやってます~という近況報告でした。
ニュース絵ファイルでも取り上げていますのでよかったら見てみてください)

不運な年始と初めての冬。


正月早々、ipodの盗難や作業用メインPCの故障、バックアップ用外付けHDDのトラブルなど、不運続きの年始ですが、仕事のほうはおかげさまで忙しく過ごしております。昨年クリスマスより和歌山に帰郷しており、今月6日に上京を予定していたのですが、なんだかんだで10日も遅延してしまい、本日ようやく東京の土を踏みました。(土て!)

午前7時20分。新宿駅新南口に到着した僕が感じた最初の感覚は、「寒ッ!」でした。和歌山と東京では2度ほどしか変わらないのですが、2度って大きいですね。朝早いのももちろんあるのですが、都会の冷たい風を頬に浴びながらコートの前を閉めて帰路についたのでした。

武蔵小金井駅で降りると駅前に建設中のマンションがずいぶん高くなっていました。一度このマンションのモデルルームにお邪魔したことがあったのですが、玄関をみただけで「あ、こりゃ僕場違いだわ」と思えるマンションならぬ億ション。ドラマのセットのようなピカピカの室内に落ち着かなさそうなリビング。「ちなみに一番安いのっていくらくらいでしょう?」と担当の方に聞くと、「え~一番安い物件ですか~(ペラペラ←資料をめくる音)あ、この9階の2DKが6800・・・」さて、帰ろうとおもいました。帰り際なんだかすごく豪華な装丁の資料と東急百貨店の商品券1000円を気前よく頂きましたので、機嫌を良くしていつも行く駅前の東急ストアで出しましたところ「これここじゃ使えませんよ」と氷の笑顔で突っ返すレジのおばさん。えー!ホントに百貨店じゃないと駄目なのこれ?ってことで後日、吉祥寺の東急百貨店まで足を運びながら故小渕総理の景気活性化商品券政策を思い出したりしておりました。

閑話休題。

久しぶりに我が家のドアを開けると有り得ないような冷気が僕を包みます。部屋も寒いなぁと思いながら一歩踏み出すと足の裏にこれまた有り得ない冷たさ。フローリングって冬めちゃめちゃ冷たい!という当たり前の事実をいまさらながらに思い知ったのでした。
この部屋のフローリングの色と柄が気に入っているのでできればそのままでいたかったのですが、あまりの冷たさに「こりゃやっぱりカーペットいるわ・・・」と思って昼から長崎屋に買いにいったのですが、気に入ったモノがなく、ションボリ帰ろうと思っていた矢先にふと別な考えが脳裏をよぎりました。「あの部屋には僕しかいない。僕の足が冷えるのならば床全面にカーペットを敷くよりも僕の足を保護する防寒具(分厚い靴下とか)を買うほうがローコストだし合理的なのでは?」
で、早速探すとまさに目的にぴったりでいい感じの防寒兵器のが見つかったので購入しご機嫌帰宅。以下その兵器装着時の写真です。
・・・ダサいとか思われた方、一度履いてから言ってみてください!これ、中ふかふかですんごくあったかいのです。スリッパとは違って足首から下全てを包み込みますし、これをはけば暖房も21度もあれば十分。足を暖めるのってとっても大事なのだなぁと思いました。寒いフローリング部屋で凍えている全人類に教えて回りたいくらいの勢いで気に入ってます。

考えてみれば東京生活での初めての冬。防寒兵器で足元も暖まったし、不運は正月のアレだけにして、今冬を乗り越えていこうと思います。

webサイト更新報告。


昨年末から仕事の合間にコツコツと作業を進めておりましたwebサイトのリニューアル作業が完了し、本日お披露目となりました。新生「Yoshitaka Room」を御照覧あれ!

といったものの「どこがどう変わったかわかんないYO!」という声が聞こえてきそうなので説明させていただきます。

 ・ギャラリーのレイアウトが変更。

 ・ギャラリーの作品追加。1ページあたりの作品数増加により見易さ向上。

 ・ギャラリーにニュース絵ファイルや法廷画ファイルへのリンクを追加。

 ・携帯用壁紙ダウンロードサービスページ増設。ギャラリーとトップにリンク。

見た目あまり変わってなさげですが、この更新をするために全てのHTMLファイルに手を加えてます。中途半端な状態だったものを本来こうあるべき姿に正したリニューアルとなりました。ギャラリーの作品サイズのアンバランスさや配列の悪さなどは前から気になっていたので個人的には「やっとキチンとできたー」という感じです。

友人知人によく携帯で閲覧できるサイズにしたイラストを携帯にメールしたりしていたのですが、「壁紙にしたよ~」という報告がことのほか多く、とても嬉しかったのでいっそと思い、壁紙専用ページも造りました。あまりイラストレーターさんのサイトでこういうのも見かけませんのでそもそも需要がないかもしれませんが、なにか反応があればいいなーと思っています。皆さん是非ご利用くださいね。

そういえば作業中、webサイトの大きな更新は毎年お正月にしてると気付きました。それだけ暇なんですね、毎年。

あけましておめでとうございます。


昨年の大晦日は紅白歌合戦を見ながら年越しそばを食べて過ごしました。そうして元旦の昨日は母と祖母とでおせちを食べたり、お雑煮を食べたり、日前宮に初詣に行ったりして過ごしました。我ながらなんというベタさ!これ以上ないくらいにベタな年末年始です。
そういえば紅白歌合戦って初めから終りまでキッチリみたのは初めてのような気がします。スケジュールに余裕がないのか、トークの時間があまりなく、なんだか切羽詰ってる感やらされてる感が無きにしも非ずでしたが、なかなか面白かったです。今年も見ようっと。最近NHKが好きになってきました。いい番組が結構あるんですよね。

初詣で引いたおみくじは末吉でした。願望は「他人と共にして吉。我儘せねば諸事叶う」との嬉しいお言葉。しかしこの他人とは誰のことでしょう。気になる待人は「来る 驚く事あり」とのこと。驚く事って!一体どんな人が来ることやら。今から楽しみです。

それからデパートの初売りに顔を出して母用のコートとセーターを買いました。どなたかの日記に両親にクリスマスプレゼントを買ってあげた等書かれていたのですが、僕はそんな気の効いたこともしておらず、クリスマスにはせいぜいケーキくらいしか買わなかったので、一週間遅れですがクリスマスプレゼントということにしました。僕が和歌山に居る間は運転手をして上げられるのですが、居ない間は徒歩で少し離れたスーパーまで買い物に行かねばならず、そのために厚手のコートを買ったのでした。「これで温かくして出かけられる」と喜んでくれていたのでよかったです。

帰宅したあとはホームページのギャラリーを更新すべくいろいろ作業を進めていましたら、携帯に「あけましておめでとう。近々空いてる時間ある?」と知らないアドレスからのメールが着信。「すみませんが、どちら様でしょうか?」と返信すると、「Kじゃ~」と即返。小学校時代の友人Kでした。二年ぶりの連絡でアドレスも変わっていたのでわかりませんでした。「今あいてる?」、「空いてるよ」。彼の実家と僕の家は150mくらいしか離れてないので徒歩でやってきました。お互いの近況報告などしながらビールを開け、「雑誌で見たよ。何ヒゲはやしてんの?小癪な(笑)」「いやカッコつけてるんじゃなくて単に皮膚が弱くてねぇ。っていうか小癪って何よ(笑)」など、気の置けない旧友と予想外な楽しいひとときを過ごしました。話の流れの中で彼の母親が近々手術を受けると聞き、彼が一言こう言いました。

「やっぱりなぁ、元気なうちにいろいろしてやらんといかんよな」

「そうだよな」

本当にそうだと思いました。この彼の言葉は忙しいだのなんだのといろいろ理由をつけて京都旅行や温泉などを先延ばしにしている僕には重く心に伸し掛かりました。いつまでも、元気でいるわけではないのだ。来年、母親が自分で歩けるかどうかなんて、わかりはしない。いつの日か必ず訪れる「その日」に襲う無念や後悔、その激しさを軽減するための努力を、今のうちに全力でしなければならない。

「俺も仕事でちょくちょく東京いくからさ、予定が合えば向こうでまた飲もうや」

「おう、またな」

彼を玄関先まで見送って家に着くと午前0時。結構飲んだなぁ、と思いながらあと片づけをして、居間でくつろぐ母親を見ては、さまざまな決意を新たにするのでした。
プロフィール

榎本よしたか

Author:榎本よしたか
フリーランスのイラストレーター兼法廷画家です。書籍やテレビ番組用に絵を描いています。アコースティックギターと歴史雑学が好きです。

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