【エッセイ】素敵な美容師さん


これは2009年1月初旬、東京都三鷹市で実際に起こった事件である。多少長くなるが、是非最後までお読みいただきたい。あるいは今後の人生の、なんらかの教訓になるかもしれない。

今年始めの東京に着いた僕は、郵便受けに何気なく投函されていた数枚の美容室のチラシを見て、年始からぼさぼさだった自分の頭髪のことを考えた。美容室は一度きめたらそこばかりいく習慣がある。僕は定期的に和歌山と東京を行き来しているが、散髪はいつも和歌山の決まったところでしかしたことがなかった。東京で美容室に行く、というのが上京2年を目前にして経験なかったのである。しかし、年始に東京にきて、この頭ではいささか幸先が悪い。僕は初めて都会の美容室に足を運ぶことにした。

まず目に留まったチラシは、髪をカールさせた美人がカメラ目線でにっこり微笑む駅前の美容室A。カットがなんと2,100円というではないか。安い。和歌山でもこの二倍は出している。しかもパーマが3,675円だという。これはもはや価格破壊だ。カットとパーマで10,000円くらいを想定していた僕は、年始の出費が抑えられることを内心喜んだ。
が、甘い話にトゲがあるのは世の常。以前、「パーマ安いところみつけたんよ」と喜び勇んで家を出た母親が、トータルテンボスの藤田になって帰ってきたことがあった。「かるくあてるてゆうたのに・・・もう二度といかんわ」といった悲しそうな母の声が忘れられない。

そんなわけで僕は保険に同じく駅近くの美容室Bのチラシも持って家を出たのであった。Bの店は価格は平均的であったが、オープン○周年ということでカットもパーマも割り引いているという話だ。こういうのを利用しない手はない。
しかし、年末の出費の痛手が未だ胸に残る身としてはAの魅力(主に価格)は捨てがたかった。まずは足がAに赴く。
ところがチラシの地図を片手に歩くも、なかなか見つけられない。あっれー?この辺のはずなのだが。地図を見て街をみて、を繰り返していると、やがて発見した。その店は何度も前を通っていたのに気付かずにいるほどの小さな佇まいだった。大丈夫かな、と思い中を覗き込むと、背の高いイケメンがハサミを手にしているのが見えた。助手らしき小さな女性もいる。チラシのイメージ通り、若者むけの店なんだろうか、と思ったのは最初だけで、すぐ3、4人居る客の年齢層が50~60代であることに気付いた。しかもその内の2人の頭はまさにトータルテンボス藤田のそれであった。ヤバい!この店はなにかヤバい!そう本能的に感じた僕は、何事もなかったように足を美容室Bに向けたのであった。

美容室Bは、店内明るくインテリアも今風で洒落た店であった。入るとなにやら住所やら要望やらを記載してくださいと用紙とペンを渡された。要望といっても、とりあえずカッコよくしてくださいくらいしかないな、と思い、そのまま「カッコよくしてください」と書いた。きっとイタい客が来たと思われたことだろう。今になってようやく反省している。
それを出してしばらく待っていると、「榎本さん、こんにちは!それでは本日担当させていただくKと申します!」と24歳くらいの女性が元気良く挨拶してきたので、「どうも、よろしくお願いします」と返した。元気のいい女性でよかった。東京事務所にいると日常的に人と話すことがほとんど無い。楽しく会話できたらいい気分転換にもなるだろう。そう思っていた。その時までは

はじめのウチは話も弾んでいた。

「どのような感じでパーマかけましょう?」
「僕、ボリューム少ないのでなるべく頭のてっぺんがふわっとなるようにしてください」
「わかりました!サイドはどのようにしましょっか~」
「こう、ちょっとくるっとなるように。あ、でもひぐち君までいかないようにお願いします」
「あはは、ルネッサーンス!の人ですよね(笑)」
「そうですそうです(笑)」
「ご職業はなにをされてるんですかぁ~?」
「イラストレーターしてるんですよ」
「へえ~、じゃあお笑いの絵を描いたりします?」
「え、お笑いの絵・・?(なんだろうそれは)」
「いや、お笑い好きそうだから、ひぐち君とか言ってたし(笑)」
「ああ、いえ、お笑いは好きですけどね。仕事で似顔絵描いたりしますよ」
「へえ~」

ここでなぜか僕がお笑いについて熱く語る。

「お笑いの人はすごいと思うんですよ。だって、生活の保障がなにも無いのに、若手の時は貧乏して、きっと親とかにも反対されることも多いだろうし、それでも「人を笑わせたい、楽しませたい」っていう想いを持ってがんばってると思うんですよね。その生き方を選んだ意思の強さもすごいと思うし、実際話術だけで活躍してる彼らのエネルギーもすごいと思うんです」

「あはは、そうですねーお笑いの人って、若い頃は家なかったりするみたいですもんねー(笑)」

ん?家が無い?それは誰のことだろう。ホームレス中学生の田村は少年時代のことだし、メッセンジャーの黒田あたりの話だろうか。いくら貧乏してても家が無いって、相当なことだと思うが。そんなことを考えていると彼女がこう言った。

「イラストレーターさんも駆け出しのころは家なかったりしましたぁ~?(笑)」




・・・は?

えーと、今僕馬鹿にされた?そう思い気の短い僕は反射的に、

「え、今のどういう意味ですか。確かにイラストレーターもフリーランスですとお笑い芸人と同じく生活の保障はなにもありませんが、だからといって家が無いような状態にはなりませんよ。そうならないために努力しますし、志を持ってやってるんです。馬鹿にしないでください。そもそもあなたには僕が野外で生活していたように見えましたか?仮に見えたとしても美容師として客にそういうことを言うのは如何なものかと思いますが?」

と、言いたくなったが、昨今、自分の気の短さによる人生への弊害、デメリットを痛感する出来事が続き、反省に継ぐ反省の日々を送っていた矢先だったので、なんとか堪え、「いや、そうならないように頑張ってました」と答えた。

美容師Kさんは、パーマをかけてから、全体の髪の量や前髪の長さを調整したいという。ずいぶん丁寧にカールしてくれているのだが、何がどうなっているのか、ロッドを輪ゴムで止めるときに、やたら頭皮が痛い。それを正直に言うと、「すみません」とより丁寧に作業をしてくれるようになったのだが、素人目に見ても作業が遅々として進まない。パーマって、こんなに時間掛かるっけ?と時計を見て驚愕した。入店してから二時間は経過していたのである。

「じゃあ、あとはコレやって、終わったらはずしますからもうちょっと辛抱しててくださいね~」

と、ジュピターと呼ばれる遠赤外線装置をあててKさんは去っていった。熱を発して温かいというよりはやや熱い。パーマをかけるのも久しぶりだったから以前こんな熱さに耐えたかは定かでない。雑誌をあてがわれたが、「イケメン」、「流行り、「モテ系」」の文字が中央に躍る時点で読む気になれなかった。こういう単語は思考をネガティブにさせる。少なくとも僕には。

「はーい、時間です。榎本さん、はずしますね~」

ずいぶん長かった。巻くときと同じくらい時間をかけて丁寧にロッドをはずすKさん。やっと露になった自分の頭髪を見て驚いた。あれ?ずいぶんカール甘くない?Kさんもなにか感じているらしく、表情が少し堅い。「それじゃ、髪を洗いますのでコチラへどうぞ~」と鏡の無い席へとエスコートする。洗髪したあと、ドライヤーで乾燥させた頭髪をみて、疑惑が確信に変わった。



あっれー!?これストレートのまんまなんですけど?!



この2時間半は一体なんだったのか。あの青白い光を放つ遠赤外線装置は長いこと僕の頭を無意味にライトアップしていただけなのか。Kさんは「こういうふうに自然な感じに見えるように今回はセッティングさせていただきましてぇー」というが、ウソだろそれ。あきらかにキョドり始めているのが手に取るようにわかった。少々かわいそうな気持ちになったので、「はは・・・僕、パーマかかりにくい髪質なんですよね」と言ったら、「じゃあこの長さにあわせて調整していきますね」と話題を変えた。

「前髪はどのくらいの長さにしましょう?」
パーマのかかり具合によっては前髪は切らないつもりでいたが、全くかかってないのでは仕方ない。
「じゃあ・・・1cmくらいカットしてくださ」
ジャキン

Kさんは一気に4cmくらい切った。某掲示板風に言うならば「ちょwwwwおまwwwww」である。

「このくらいでいいですかぁ~?」
「いやだから1cmって・・・いや、伸びるからいいですけど」
「あは、ちょっときりすぎちゃいましたかネェ?」

はい、ホントそう思います。けれどもそれを言ったらすぐ伸びるものでもないので言わないよう勤めます。
その後も、長さ調節は続く。実は以前短い状態でパーマをかけて失敗したことがあったので、この日のために年末もカットせずに伸ばしていたのだったが、その髪が「調整」の名の下に床にちらばっていく。

「はい、長いことお疲れ様でしたぁ~」

所要時間、3時間。確かに長かった。長時間座るのは慣れてるので疲れてはいないけど、心が少し。彼女は軽く僕の肩をマッサージしてくれたが、その時、こう言い放ったのであった。

「うーん、前髪、もうちょっと長いほうがよかったですねぇ」


み、みとめちゃったよこの人!


いろいろ言いたいことが喉元に込み上げてきたが、口にした台詞は「いやぁ、このほうが目に入らなくていいですよ」だった。実にヘタレである。
しかし、仕上がった髪型は意外に悪くない。たしかに前髪が目にかからなくなったことでストレスの軽減になりそうな気はした。それに、彼女の最後の一言が本心から出た素直な言葉だったことが、僕の心に走る一陣のさわやかな風となった。彼女はまだ修行中の身で、これから伸びていく人材なのだ。今後この店に通い、この素直な彼女の成長を見守りたくさえ思った。

会計の時、「今日のスタイリストのパーマにもしお気に召さない部分がありましたら、7日以内にきていただければ再調整させていただくこともできますので云々」と言われた。

7日後の明日、再調整をお願いしに足を運ぼうと思う。



もちろんKさん以外の人で。

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榎本よしたか

Author:榎本よしたか
フリーランスのイラストレーター兼法廷画家です。書籍やテレビ番組用に絵を描いています。アコースティックギターと歴史雑学が好きです。

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